断酒109日目|疲れた日は無理をせず、簡単な料理と自然の映像を楽しむ

断酒日記

断酒109日目。

今日も仕事が忙しく、帰宅した頃にはかなり疲れていました。

こういう日は、何か特別なことをしようとせず、できるだけ簡単に夕食を作ってゆっくり過ごすことにします。

酒を飲んでいた頃なら、「疲れたから飲もう」となっていたところですが、今は疲れているなら疲れているなりの過ごし方が少しずつ分かってきました。

疲れた日の夕食は炊き込みご飯

今日は炊き込みご飯を作りました。

炊飯器に材料を入れてしまえば、あとは炊き上がるのを待つだけです。

忙しい日の夕食には、こういう料理がかなり便利です。

そして家にニンジンが残っていたので、細切りにしてペペロンチーノ風の味付けで炒めました。

最近はニンジンもジャガイモも、細切りにして炒めることが多くなっています。

細く切ることで火が通るのが早くなりますし、食感もいい。

同じ野菜でも切り方を変えるだけで、かなり印象が変わります。

以前より料理の組み合わせや作り方を、その場で考えられるようになった気がします。

「この材料なら、こうすれば食べられそうだな」

そんな感じで料理を作れるようになると、冷蔵庫にあるものだけでも意外と何とかなります。

自然ドキュメンタリーを観た

夕食のあとは、自然を撮影したドキュメンタリーを観ました。

映像そのものもすごかったのですが、今回は映像を見ながら、

「これを撮影するために、どれだけの時間がかかっているんだろう」

ということを何度も考えました。

動物が狙った場所に現れるとは限りません。

天候も思い通りにはなりません。

撮影者が何時間、何日、場合によっては何週間待ったとしても、欲しい映像が撮れる保証はないでしょう。

それでも、その瞬間を待ち続ける。

完成した映像は数秒でも、その裏側にはものすごい時間と努力があるのだと思います。

CGでも似た映像は作れる時代だけれど

今ならCGを使えば、自然の美しい映像や迫力のある動物のシーンを作ることもできると思います。

場合によっては、本物より派手な映像さえ作れるでしょう。

でも、今日ドキュメンタリーを観ていて思ったのは、

「似た映像は作れても、やっぱり何かが違う」

ということでした。

実際の自然の中で、本当に起きた瞬間。

いつ起きるか分からない出来事を待ち、それを実際にカメラで捉えた映像。

その事実を知っているからこそ、映像の一つひとつに重みが出るのかもしれません。

完璧に計算された映像ではないからこそ感じるものもあります。

映像の裏側まで想像するようになった

最近、映画やドキュメンタリーを以前よりじっくり楽しめるようになりました。

単純に「すごい映像だった」で終わらず、

どうやって撮ったのだろう。

どれくらい待ったのだろう。

撮影している人は、その瞬間に何を感じたのだろう。

そんなことまで考えるようになっています。

作品そのものだけでなく、その裏側にいる人の時間や努力まで想像すると、同じ映像でも見え方が変わります。

109日目は静かな一日

今日は仕事でかなり疲れました。

それでも酒を買って帰ることはなく、炊き込みご飯を作り、ニンジンを炒め、自然のドキュメンタリーを観て一日を終えます。

何か大きな出来事があった日ではありません。

でも、こういう普通の日を普通に過ごせることが、断酒を続けて変わった一番大きな部分なのかもしれません。

疲れた日は、無理をしない。

簡単なものを食べて、興味のあるものを観て、休む。

以前なら、その間に酒が入っていました。

今は酒がなくても一日を終えることができます。

断酒109日目。

今日も無事に一日が終わりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました