断酒98日目|映画に夢中になると、英語で見ていることを忘れる

断酒日記

今日は断酒98日目。

断酒100日まで、あと少しです。

最近は断酒そのものについて考える時間よりも、映画を見たり、英語を聞いたり、食事を作ったりと、普通の生活の中で考えることのほうが増えてきました。

今日、特に印象に残ったのは、英語で映画を見ているときの感覚です。

二つの人生が同時に進んでいく映画

今日は、ひとりの女性の人生が二つに分かれ、それぞれの可能性が同時進行していく映画を見ました。

最初は、

「どちらかの人生が幸せで、もう一方が不幸になる話なのかな」

と思っていました。

ところが見ていくと、どうもそういう単純な構造ではありません。

それぞれの人生に良いことも悪いこともあり、どちらか一方が「正解」というわけでもない。

最後まで見てみると、

どちらの人生も、主人公にとって唯一の人生になり得る

ということを描きたかったのではないかと思いました。

人生には「あのとき別の選択をしていたら」と考える場面があります。

でも、別の道を選んだから必ず幸せになるわけでも、不幸になるわけでもありません。

どちらへ進んでも、その先で人と出会ったり、失敗したり、成長したりする。

そんな映画だったように感じました。

最後の場面の意味が分かると、物語がつながった

少し分かりにくかったのが最後の場面でした。

二つの人生が交互に描かれているので、

「今映っているのは、どちらの人生なんだ?」

と途中で分からなくなることもありました。

特に最後に家へ入り、再び出てくる場面は、最初は意味がよく分かりませんでした。

しかし意味を確認してみると、映画全体の構造がつながりました。

最初の分岐点に戻りながらも、

「どちらの人生も彼女の人生だった」

という形で終わっている。

最初は人生を比較する映画だと思っていたのですが、見終わってみると、人生を比較して優劣をつける映画ではなかったように思います。

これはなかなか面白い構成でした。

そして気づいたら、英語であることを忘れていた

もう一つ面白かったのが英語です。

今日も英語音声で映画を見ていました。

もちろん、すべてのセリフを完璧に聞き取れているわけではありません。

分からないところもあります。

ところが物語に引き込まれてくると、途中から英語を聞いていること自体を意識しなくなります。

映画を見ながら、

「今の英語を日本語にすると……」

と一生懸命翻訳しているわけではありません。

登場人物が話す。

その意味がなんとなく分かる。

そのまま次の場面を見る。

そんな感じです。

そして途中で、

「そういえば今、英語で映画を見ていたんだ」

と気づくことがあります。

自分は今、何語で理解しているのだろう?

さらに不思議なのが、そこで自分に質問してみることです。

「今、自分は英語で理解したのか?」

「それとも頭の中で日本語に変換したのか?」

考え始めると、自分でも分からなくなります。

おそらく一文ずつ日本語へ翻訳しているわけではありません。

英語の音と場面、登場人物の表情、これまでのストーリーなどをまとめて理解しているのだと思います。

以前の英語学習では、

英語を聞く
↓
日本語に訳す
↓
意味を理解する

というイメージが強くありました。

でも実際に映画を見ていると、必ずしもそうではないようです。

英語を聞いて、そのまま場面として理解する。

少しずつですが、そんな感覚が出てきました。

聞き取ろうとしすぎないほうが分かることもある

これも最近感じていることです。

「英語を聞き取ろう」

と集中しすぎると、一つ分からない単語が出ただけで、そこで意識が止まってしまいます。

しかし映画として普通に見ていると、一語くらい分からなくてもそのまま進めます。

次のセリフや映像から意味が補われることもあります。

これは日本語でも同じなのかもしれません。

日本語の映画だからといって、一言一句すべてを意識して聞いているわけではありません。

全体として意味を受け取っています。

英語でも少しずつ、それに近い見方ができるようになってきたのでしょう。

英語の勉強が「勉強」ではなくなり始めた

最近は映画によって、かなり聞き取りやすさが違うことも分かってきました。

聞き取りにくい映画もあります。

反対に、驚くほど自然に内容が入ってくる作品もあります。

以前なら、

「聞き取れない=英語力が足りない」

と考えていたかもしれません。

でも今は、

「この作品は話し方や録音が難しいのかもしれない」

「別の作品なら普通に分かる」

という見方ができるようになりました。

だから、分からない映画に当たっても、それほど落ち込む必要はありません。

数を見ていけばいい。

最近よく考えている、

「これはもう数で勝負」

というやり方で良さそうです。

酒を飲んでいた時間が、別のものに変わっている

こうして考えてみると、断酒してから戻ってきたのは体調だけではありません。

時間も戻ってきました。

以前の「断酒ゼロ」の頃は、仕事が終われば酒を買い、帰宅後から飲み始め、休日にはさらに長い時間を飲酒に使っていました。酒が買い物や食事、睡眠、休日の過ごし方まで支配するようになっていた時期もありました。

今は、その時間に映画を見ています。

しかも英語で映画を見て、

「この物語はどういう意味だったんだろう」

「今の自分は英語をどうやって理解していたんだろう」

などと考えています。

同じ数時間でも、ずいぶん違います。

断酒98日目

断酒を始めた頃は、「酒を飲まないこと」そのものが大きなテーマでした。

でも98日目になると、少し違ってきます。

酒を飲まないことで生まれた時間に、

何を見るか。
何を食べるか。
何を勉強するか。
何を楽しむか。

そちらのほうが中心になってきました。

英語も、机に向かって必死に勉強するだけではなく、映画のストーリーを楽しみながら身につけていけそうです。

そして映画に夢中になり、

「そういえば、これ英語だった」

と思える瞬間がある。

これは自分にとって、かなり面白い変化です。

断酒98日目。

酒を飲まなくなったことで戻ってきた時間の中で、また一つ新しい楽しみ方が増えてきました。

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