今日は酒をやめて103日目です。
最近、以前の自分が準備していたものや、途中でやめてしまったことが、少しずつ今の生活につながってきています。
今日はNetflixで『After Life(アフター・ライフ)』のシーズン2を最後まで観ました。
もちろん英語音声です。
少し前までは、英語で海外ドラマを1シーズン観るなんて、かなり大変なことだと思っていました。
ところが今は、
「英語の勉強をしている」
というより、
「続きが気になるから観ている」
という感じになっています。
この変化は、自分でもかなり大きいと思います。
『After Life』シーズン2を最後まで観た
『After Life』は、妻を亡くした主人公トニーが、その喪失を抱えながら生きていく物語です。
コメディなのですが、死、生きる意味、孤独、酒など、かなり重いテーマも扱っています。
特に最後のトニーを見ていると、単純に「酒を飲む人物」として描かれているのではなく、酒によって苦しさから逃れようとしている人間の姿がかなりリアルに感じられました。
作品を作ったリッキー・ジャーヴェイス自身がどこまで経験しているのかは分かりません。
ただ、少なくとも「酒を飲むことで気持ちを麻痺させようとする感覚」を、とてもよく理解して描いているように感じます。
断酒をしている今の自分だからこそ、以前とは違う見え方をしている部分もあるのでしょう。
英語を理解することより、物語を理解することになってきた
今シーズンを観ていて面白かったのは、英語を一生懸命日本語に変換していないことです。
もちろん聞き取れない部分はあります。
知らない単語もあります。
それでも、ストーリーについていけます。
表情、状況、前後の会話、知っている単語。
そういったものを全部使って、
「たぶんこういうことを言っている」
と理解しながら、そのまま観ています。
以前の自分は、
「全部聞き取らなければいけない」
と思っていたのかもしれません。
でも映画やドラマを見るのに、本当は100%理解する必要はありません。
日本語の作品だって、すべてのセリフを一字一句覚えているわけではありません。
大切なのは物語についていけることです。
そこまで来ると、英語は「勉強する対象」から「情報を受け取るための言葉」に変わってくるのかもしれません。
英語字幕をあとから読み返す方法も使えそう
全部観終わってから思ったのですが、『After Life』は英語字幕を読み返してみても面白そうです。
一度ストーリーを理解しているので、
「ここでは実際には何と言っていたのだろう」
と確認できます。
しかも以前、字幕のある場面だけを次々に確認できるような方法まで調べていました。
今日それを思い出しました。
つまり自分は、以前からいろいろな方法を試そうとしていたのです。
英語字幕を調べる方法も準備していた。
英語の動画も探していた。
海外ドラマも観ようとしていた。
方向そのものは、かなり前から間違っていなかったのだと思います。
以前の自分は「方法」が間違っていたのではなかった
ここで一つ大きなことに気づきました。
以前の自分が途中で挫折していたのは、
方法が悪かったからではなく、それを続ける余裕がなかったのかもしれません。
酒を飲んでいた頃は、仕事から帰ると酒を飲み、酔って、そのまま一日が終わっていました。
眠りの質も悪く、翌日に疲れが残る。
休日も飲酒で時間を使う。
その状態で、
「英語を勉強しよう」
「映画を観よう」
「新しいことを覚えよう」
と思っても、続けるのは難しかったのでしょう。
やりたいことはあった。
方法も調べていた。
道具も用意していた。
でも、それを使うための体力と時間と精神的な余裕がなかった。
断酒して100日以上経った今になって、それらが少しずつ使えるようになっています。
Netflixを契約している意味まで変わってきた
以前ならNetflixは、
「たまに映画を見るためのサービス」
だったと思います。
でも英語で海外ドラマを観られるようになると、意味が変わります。
映画も観られる。
ドラマも観られる。
英語のリスニングもできる。
気になった表現は字幕で確認できる。
好きな作品なら何度でも観られる。
これだけ材料がそろっていれば、かなり優秀な英語教材です。
しかも「教材をやっている」という苦しさがありません。
続きが観たいから、勝手に次の話を再生してしまいます。
これは強いです。
インターネットの中には材料が大量にある
最近よく思うのですが、調べる力と少しの工夫があれば、インターネットの中には学ぶための材料がいくらでもあります。
英語もそうです。
映画。
海外ドラマ。
YouTube。
ニュース。
字幕。
辞書。
発音。
文法。
全部あります。
以前なら教材を買って、最初のページから順番に勉強するイメージでした。
でも今は、自分が面白いと思ったものを中心にして、分からないところだけ調べることができます。
学校の勉強とはかなり違います。
自分で必要なものを拾っていく感じです。
もしかすると、自分にはこちらのほうが向いているのかもしれません。
紅茶まで「新しく買った物」ではなかった
今日は紅茶も飲んでいました。
これも最近買ったものではありません。
以前から家にあった買い置きです。
そう考えると、最近の自分は新しいものを次々に増やしているというより、
以前から持っていたものを発掘して使い始めている
感じがします。
Netflixも契約していた。
英語を調べる方法も用意していた。
紅茶もあった。
映画や音楽を楽しめる環境もあった。
必要なものは、かなり持っていたのです。
使えていなかっただけでした。
タロットの「魔術師」みたいだと思った
この状態を考えていて、タロットカードの「魔術師」を思い出しました。
魔術師の前には、すでに道具がそろっています。
何もないところから突然何かを生み出すのではなく、
すでに持っている道具を使って何かを始めるカード
と見ることもできます。
今の自分は、少しそれに近い気がします。
新しい人生を一から買いそろえているわけではありません。
以前から持っていたものを、
「これは使える」
「あれもあった」
と一つずつ机の上に出しているような感覚です。
酒をやめたことで、ようやくそれを使える状態になったのかもしれません。
断酒で増えたのは、時間だけではなかった
酒をやめると酒代が浮く。
時間が増える。
睡眠が改善する。
そういった変化は分かりやすいです。
でも103日目になって感じているのは、それだけではありません。
以前から持っていた興味。
以前勉強したこと。
以前準備した環境。
以前買ったもの。
そういうものが、再び使えるようになっています。
つまり断酒によって戻ってきたのは時間だけではなく、
自分が持っていた能力や好奇心を使う余裕
なのかもしれません。
以前の自分は、いろいろやろうとしていました。
方向性も、それほど間違っていなかった。
ただ、それを続けられる状態ではなかったのでしょう。
今は少し違います。
映画を観る。
英語を聞く。
分からなければ調べる。
昔用意したものを使ってみる。
紅茶を飲む。
そして、その日のことをブログに残す。
特別なことをしている感じはありません。
それでも、以前バラバラだったものが少しずつつながっています。
断酒103日目。
新しいものを探し続けなくても、すでに自分の周りには使えるものがたくさんある。
今日はそんなことに気づいた一日でした。


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